detourist

あちこち調整中。不具合はご容赦下さい。

Archive for 7月, 2007

「時をかける少女」 ()

製作総指揮: 角川歴彦
監督: 細田守
脚本: 奥寺佐渡子

音楽: 吉田潔
制作: マッドハウス
配給: 角川ヘラルド映画

Time waits for no one.

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イイヨー 若さ故の戸惑い,イイヨー(´∀`)

と言うか,たとえ短絡的な考えの結果としてであっても,行動に移せるそのエネルギーが,年の差のせいか性格の違いのせいかはともかくとして,素直に羨ましい.

転がるわ跳ぶわ飛ぶわ.こういう,有り余るエネルギーが滲み出てくるキャラクターには,ほんと元気づけられるなぁ(号泣

 

シナリオは良く言えばオーソドックス悪く言えばありきたり.確かにご都合主義な辻褄合わせもあるように見えるけど,脇の設定をこれ以上広げてたらたぶん何も伝わらない映画になってしまってたと思う.(言ってしまえばつまり雰囲気アニメなんだけど,その雰囲気に見事に呑まれた.)

ともかく,演出は神がかってるし心情表現は秀逸.分かりやすさというのは場合によってはただの押しつけに感じられる危険性もあるけど,それほどまでに正しく(齟齬なく)伝えるのはかなり難しい.

あと,テーマとしてはおまけのおまけぐらいなんだろうけど,進路に悩む中高生に観てほしい作品.きっかけなんてほんとちょっとしたことでいいんだけど,その年でそれを見つけられる幸せな子はほんの一握りだ. (そういった面では「耳をすませば」なんかが王道だが,こっち(「時かけ」)は20を越えたおっさんが観ても,それ(「耳すま」)ほど気恥ずかしくない.(これ結構重要w))
※本人の努力の結果なんだからこういう言い方は失礼か.

個人的には,どんな作品にしろ解説者(ここでの魔女おばさん)の存在は許せないのだけど,彼女が原作(本作はその20年後の話という設定)のヒロインだという設定は試みとしては面白い.

安易な未来像も若干マイナスポイントだけど,まぁ,それは本題ではないからいいや.

 

さぁ,夏だ!

(ってもう夏休み3分の1過ぎちゃったよ?どうするよ!)

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  •   『数学ガール』
      著者: 結城浩
      出版: ソフトバンククリエイティブ
      分野: 数学(全般)

    学期末を乗り越えるたびに本屋で散財するのは悪い癖だ.

    さて,本書はもともと著者のWebサイトで公開されていた読み物を元にした書き下ろし.3人の高校生(「1人の少年と2人の少女」と言えばもう,話がどうなるかはご想像の通りであるw)が問題を出し合い,解き合い,教え合う中で,数学の「本質」に触れていく青春ノベル.

    数学をこよなく愛する人でも,スウガクと聞いただけで身の毛のよだつような人でも,それぞれに「問題を見つけること」や「問題を解くプロセスを考えること」の面白さに気づき,感じることができるのではないかと思う.

    と言うか,本書のことをもっと知りたければ出版記念インタビュー記事を読んでください.そして,本書を読んでください(^^;

    大切なのは,自ら学ぶことの意味と,一緒に学ぶことのできる友人の大切さに気づけること.なんじゃないかなと僕は思っている.

    あと,この手の本としては高校のときに読んだ『数の悪魔』もとっつきやすくてオススメかと.

    もっとも,こういった「主人公が学んでいく過程を読者に共有させようとする」物語は,個人的にはかなり「構えて」しまってあまり楽しめない.

    と言うのは,どこかうまい具合にだまされているんじゃないかという疑惑がぬぐえない(「数学ガール」は数学的に厳密なのでそうでないとしても,ビジネス(「The Goal」とか)や自己啓発(「自分の小さな「箱」から脱出する方法」とか)のこういった話になると,こちらはもはや不信感の塊である)のと,自分は彼らみたいには優秀で物分かりよくないというのを嫌というほど思い知らされるから.

    それでも,いいこと書いてあったり勉強になったりするから困るんだ(苦笑)


     

    [関連]

    移稿前のコメント

    BlogPetの蜜柑丸 : 2007-07-11 (水) – 12:16

    あっ、数学のはなし!!

    リョウ : 2007-07-11 (水) – 12:27

    森博嗣とかそうだけど、
    著者の考えを主人公を通して読者に押し付けたがる本もたまにあるよね。
    娯楽本の顔した啓発本。

    文 : 2007-07-11 (水) – 23:19

    >蜜柑
    興味あるん?(笑

    >リョウ
    まぁ,それはそれで全然いいんやけどね.
    面 白 け れ ば .( ̄ー ̄)

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  • 結論から言うと、MITの石井先生(何度かここでも紹介してる“タンジブル”の人)の話を聞けて、神戸大の塚本先生(ちょっと前によくTVに出てたウェアラブルの人)に会えただけで、参加した価値はあったかなと。

    以下、石井先生の言葉から一部を。(註:表現は正確ではありませんし、筆者の勝手な解釈が多分に混じっておりますのでそのつもりで。)

    -–

    「ユビキタスコンピューティング」

    なんてのはもうとっくに「終わって」いる。Mark Weiser が最初に提唱した理念を誰も理解していないし(そのため、彼は後に「Calm Technology」という言葉を用いるようになった)、未だその実現には程遠い。

    「技術」→「必要(性)」→「概念」

    「技術」は数年で消えてなくなる。(「今」それが必要なのは認めるとしても)。一方(哲学に基づいた)「コンセプト/ビジョン/プリンシプル」は、これからの数百年を変える。同じ一生を費やすなら、あなたはどちらに取り組むか。

    「Digital」と「Physical」

    の関係→卓球。ラケットは見えていてはいけない(体の一部になるまで使いこなせ)し、しかし、ピン球は見えなければ(それも「たまに見える」ではなく、常に必ず見えなければ)ならない。そして「どっちも必要」。

    「目的」

    その技術を育てることが、そのニーズに応えることが、そのコンセプトを実現することが、誰をどのように幸せにするのか。

    我々はGeekだ──人が、空気が薄いと息苦しいように、Wi-Fiが飛んでいないと息苦しい(会場爆笑w)──が、そうでない人たち、Wi-Fiがなくても生きていける(そんなもの必要ない)人たちに対して、我々は何を提供できるのか。しようとしているのか。

    「Why」

    を3度繰り返され、3度繰り返し答えられたら、その人の哲学が見えてくる。

    「死後」

    ・XX年後、自分はもういない。
    ・100年後、今生きている人はもう誰もいない。
    ・200年後に何が遺っているか(何を遺せるか)。
    ・1000年後は?

    -–

    ただ、勘違いしちゃいけないのは、──高校球児と松井秀喜との関係のように──彼ら(石井先生・松井選手)を目標にしているようではお話にならないのだということ。(彼らに憧れこそすれ)。僕らは彼らを「超え」(ようとし)なければならない。

     

    おまけの名言:「もし、論文がどの学会にも通らなかったら、ハリウッドに持って行け」

    (「マイノリティ・レポート」で表現された実物的ヒューマンインターフェースのアイデアはメディアラボで生まれたものだが、その原点となっている論文は、各学会にことごとくリジェクトされたという。)

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