detourist

あちこち調整中。不具合はご容赦下さい。

Wordpressアップデート

自分のブログというのも,作り上げるのは楽しいけれど,メンテナンスしていくのは面倒くさいよね.

という感じで,これまでのかなりの数のメジャーアップデートをスルーし続けていたのですが,この週末に重い腰を上げてようやくアップデートを決行.

でもって,中身だけ変わってもありがたみが無いので,思い切ってテーマも変えてみた.今回使わせてもらっているテーマは「Illacrimo Theme」

Illacrimo Theme

 

併せて,iPhone/iPod touch用のテーマに自動的に切り替えてくれるプラグイン「WPtouch」も導入.

WPtouch

 

ちなみに,ガラパゴスケータイからのアクセスに対しては,以前から「Ktai Style」プラグインによる表示を行っている.

Ktai Style

 

まぁ,だから何だっていう話題なのですが,今後とも,いつでもどこでも, detourist.net をどうかよろしくってことで.

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  • サマーウォーズ

    summer-wars
    (C)2009 SUMMER WARS FILM PARTNERS

    監督 細田守
    製作総指揮 奥田誠治
    脚本 奥寺佐渡子

    よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!

    * * *

    総括すると,筆者好みの雰囲気で大変良かった.登場人物の性格,背景美術の清々しさが実に夏休み映画らしい.あと,松本晃彦のサントラと山下達郎の主題歌だけで号泣できる.

    ストーリーとしては,端的に言うと『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』の焼き直し.ただし,今回世界の危機に立ち向かうのは,90歳の大お祖母ちゃんからお腹の中の赤ちゃんまでを含めたとある大家族である.

    【家族】

    というのはまぁ観てもらってのとおりなので,ここでは自分の話を.

    うちの曾ばあちゃんも結構な長寿を全うした人だったので,親類一同を数えるとそれなりの大家族である.子どもの頃はお盆というと,ゆっくり休むどころか掃除に手伝いにとあれこれ働かされるものだという認識だった.ただ,生きている限り寿命からは逃れられないわけで.こうして世代が進むにつれ,全員で集まる機会というのは無くなってしまう.残っている方ももう移動するだけで一苦労だし.

    そもそも自分が,大学に進んで地元を離れた結果として,そういうものから疎遠になってきた訳であるが,だからといって,「(こういう人間関係などの)田舎の息苦しさから逃げ出して,身勝手にもそれを羨望している人たち」だというように思われることがあれば,それは心外である.

    そうしてふと気が付くと,もう,次の世代が増えていかねばという年になっているのだな.まったく,長男坊は何処で何をしているのだ・・・・・・あ,俺だ.

     

    注意:以下,ネタバレは避けているものの,物語の本質についての言及があります

     

    【広がった電子世界と,現実世界の非対応】

    さて,本題.

    「ウォーゲーム」では,「世界中と繋がった電子世界」を舞台としながらも,そこに登場するのは「子ども達」だけであった.(これはデジモン自体の世界観なので良し悪しを言うつもりはない).それ故,関係者があれだけ少なくても物語として成り立っていた.というように記憶している.

    一方,舞台が「サマーウォーズ」ほどの規模になり,現実世界の文字通り誰もがその世界の登場人物となりうる環境となったときに,本作のように,高々一家族で世界を救ってしてしまえるかというと,ここに個人的な引っ掛かりを禁じ得ない.

    キャラクター,設定,演出など,部分部分は大変魅力的なアニメであるだけに,この違和感が際だつ.

    【「一体感」の演出】

    強いて言うと,「一体感」(の演出).

    テーマが「繋がり」であるにも関わらず,重要なところでみんな,結局一人で闘っている.いや,正確に言うと,一人で闘わざるを得ない世界になってしまっている.

    もちろん,それぞれの役割分担とか,座敷での一体感とか,「元気玉」(オラに力を(ry)的な協力はあるのだけれど,もうちょっと踏み込んだ演出はできなかったものか.むしろ役割分担を分担させすぎたのが原因か.

    力を合わせる者が「同じ」場所にいなければならない理由.

    そこさえ強められれば,健二の,主人公としての役割も高まり,存在感(と言うか,必要性?)も強められたのではないかと,ふと思ったのだった.

    (例えば,二人が手を繋ぐ場面なんて象徴的なシーンだけど,あれを,あそこではなく,勝負の鍵にできる方法はなかったかなど.これはこれで,強調しすぎると白けてしまう危険性はあるけれど.)

    【個人的に】

    あと,科学的・技術的演出は演出と割り切ってスルーできるのだけど,社会的・政治的な非現実さは観ていて非常にもどかしいことに気付いたりした.なんちゃって理系人間を自負してきただけに我ながら意外である.

    僕としては,子どもの頃はむしろ佐久間が籠もっていたあの部室のような環境に憧れ,大学のサークル・研究室でそれを実体験し,社会人となった今,リアルなコミュニケーションに指向が回帰してきたちょうどそのタイミングであったという点で,本作を観るタイミングとしては最適だったと思う.このお盆には,夏休み取って実家に帰ります.

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  • いろいろと環境が変わり情報管理の方法も変えざるを得なくなってきた中で,ようやく新しいスタイルが確立してきた.

     

    スケジュール管理は,iPhoneのカレンダーが便利に使えるようになってきたのを機にデジタルへ全面移行.仕事の予定をExchangeで共有していることとか,「定期的な」プライベートのイベントが無くなったことがデジタルへの移行を促す大きな要因となった.

    ちなみにこれまでは「能率手帳クレスト2」を愛用しており,バーティカルタイプの週間スケジュールと,タスク管理に便利なスケジュール欄の脇のメモ欄が気に入っていた.

    ToDo管理については,まず「今月中にやっておきたいこと」だとか「買い物リスト」のような中期のタスクについてデジタルに移行.これらはGmailのTasksに移し,iPhone(外出時)やブラウザ(在宅時)から閲覧・管理している.このような中長期的なタスクについては,頻繁に見返したり編集したりする必要がない(ため,少々不便なWebアプリであっても我慢できる)という点がポイントかもしれない.

    その一方,「今行っている一連の作業をメモした覚え書き」だとか「今日中にやる仕事」のような短期のタスク管理を含めた「一時的なメモ」をどう扱うかについては,かなり悩んだところである.が,

    (1) 惜しみなく捨てられること――どんなに見栄えが悪かろうが「取りあえず残っていれば後でどうとでもできる」という心理的なハードルの低さは,メモツールの一番の条件だと思っている.
    (2) 取り出しやすさ――スタンダードな正方形サイズであれば,胸ポケットに入れておいていつでも取り出せる.
    (3) 入手が容易――大抵の文房具屋で手に入れられるので,切らしたり無くした時の心配をする必要がない.

    などの理由から,これまで同様にポストイットを利用することに.ただし,そのメモしたものを従来は手帳のカバーや裏表紙に貼り付けておけたのだが,手帳を持ち歩くのをやめた今,どうやって持ち歩くかという点でまた悩む...

    最終的に落ち着いたのが,「654サイズのポストイットを,RODHIA #11用のメモカバーに入れて持ち歩く」スタイル.

    rhodia.jpg

    メモしたものを見開き側に貼り付けておけば,無くす心配もないし,参照するにも便利.

    rhodia2.jpg

    ついでなのでメモの表紙を挟むためのポケットには,定期と,時刻表と,予備の名刺でも入れておけば完璧である.(その分,無くした時のリスクも高まってどきどき.)

     

    蛇足ながら,記録のためのノートとしては以前から,FOB COOP Wリングノートのドット罫のものを愛用している.

     

    これで,アナログ方面は片付いた.

    さて,次はデジタル方面(3台のケータイ.が,さらに増えそうな勢い)をどうにかしたいな・・・

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